1888-1955 (京都府) 1904年、浅井忠が創立した聖護院洋画研究所にて梅原龍三郎と共に学ぶ。 1907年には津田青楓の留学に同行して渡仏、ジャン・ポール・ローランスに師事。 帰国後の1930年に制作した「婦人像」あたりから安井独特の色彩やデフォルメを用いた作品が見られるようになり、それらは「安井様式」と呼ばれる。 また戦後の「文藝春秋」の表紙絵も担当した。1952年、文化勲章受賞。
嘉門安雄
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